「受験すれば全員受かる」
そんな入試に何の価値があるのか?
ない。
ただし、
「合格」という目標に向かって、
毎日努力した日々。
そこには「価値」がある。
「合格」という結果には、
実際は社会的価値があるが、
大学受験に合格させるという、
最終目標に重点を置いている、
北斗塾の立場としては、
競争率「1.0」倍の入試、
その合格には価値を見出せない。
自立型個別指導をする北斗塾は、
生徒の「自立心」を育むことで、
「真の学力」
これを手に入れることを目指す。
高校受験合格は通過点。
そこは「高い壁」ではなく、
1つの「ハードル」に過ぎない。
高校に無事に「合格」することは、
確かに良いことに違いないが、
そこに至るまでの指導の「質」には、
こだわらないといけない。
合格すれば「みな同じ!」ではない。
それに至るまでのプロセスが大事。
「(何かに)強制的に指導されて」合格。
「毎日塾に、通う(依存して)」合格。
「テストに出るとこ丸暗記で」合格。
こういうやり方で合格した生徒は、
「自立心」がまるで育っていない。
したがって、
もしも塾に毎日通ったことで、
高校受験に合格した生徒ならば、
「塾への依存心が強い体質の生徒」に、
成り下がっている。
受験合格後に退塾(卒塾)していれば、
その後うまくいかない。
そういう未来が待っている。
(ほぼ間違いない)
人生と言うものは、
いろんな側面があるため、
決して単純明快に説明できないが、
「経済的側面」から見ると、
大学受験に合格して、
大学卒業と言う身分で社会に出る。
ここが満たされていないと、
いろんな業界、業種において、
「区別」と言う名の「差別」を、
受けがちなのが社会の実態だ。
「高卒」だからダメとは一概に言えない。
だが、
「高卒」と「大卒」では、
社会から受ける待遇に差がある。
ここは客観的に認識するべき。
そうなると、
本当の勝負は中学生時代ではなく、
高校生時代の学習や勉強にあることが、
わかる。
高校受験は通過点であり、
大学受験こそが本丸(ほんまる)だ。
※「本丸」…中心や最重要ポイント
高校生を指導できる塾は限られている。
だが、
「高校生まで指導できる」から、
どこの塾でも同じとはならない。
「自立型」の指導を受けた生徒は、
間違いなく高校生の勉強から、
学力は「伸び続ける」。
「依存型」の指導を受けた生徒は、
高校生の勉強になると苦戦する。
依存型の指導を受け続けてきた生徒は、
さっそく今回の「定期テスト」で、
「洗礼」を受けているだろう。


