勉強に限らずとも、
何かを成し遂げるためには基礎が必要。
基礎学力こそ到達点。
実は東大の問題であっても、
京大や阪大や九大の問題であっても、
問題の本質を見抜く力(=眼力)は、
基礎学力がいかに盤石に構築されているか、
ここにかかっている。
結局のところ、
江戸時代から言われてきた、
「読み・書き・そろばん」。
これが学問の基礎となるわけで、
そこから理科や社会、英語。
理科は、
物理、化学、生物、地学と分化され、
社会は、
地理、日本史、世界史のグループと、
公共(=旧現代社会)、倫理、政治・経済へ、
分化される。
だけれども、
すべての基本は「読み・書き・そろばん」。
つまり、
小学国語、小学算数、
中学国語、中学数学なのだ。
これがあってこその異文化言語である英語。
これを学ぶ意義があるというものだ。
英語の習得がグローバル化社会において、
個人のいろいろな可能性を広げてくれる。
人は生きていくことで経験を積んでいく。
しかし、
基礎学力がある人と、
それが脆弱(ぜいじゃく)である人とでは、
「進歩」「発展」「向上」における、
質も量もスピードも違う。
私も55歳という年齢になったが、
今頃になって、
ようやくわかってきていることも日々いろいろある。
やはり、成長を止めてはならない。
そして、
自分が成長することで周りの人の人生の質を上げる。
それがビジネスの本質であり、
また、
ビジネスは人を幸福に導くものでなければならない。
私は自分のビジネスとして「学習塾」を選んだ。
塾長という人生を選択した。
20代の頃にはピンと来ていなかったが、
(私が)50代になってようやく北斗塾も、
「学習塾」から「教育塾」へと進化を遂げた、
その実感がある。
その(教育塾としての)完成度に比例して、
塾生たちの学力が伸びているようだ。
やはり、
「自立型個別指導」は唯一無二の指導方法である。
北斗塾は今後もずっとこれを追究していく。
もうこの指導哲学は手に入れているので、
「追求」ではなく「追究」。
これからも進化は止めないし、止まらない。
そしてその成果は、
塾生の成績向上と志望校合格という結果で、
毎年毎年、これからもずっと証明していく。